スーパーファントム

凡人の雑記

アイワナだけで構わない


ライブの興奮冷めやらぬ間に夢野幻太郎の話をしますね。
今の私の最愛のキャラクター、夢野幻太郎。ヒプノシスマイクの登場人物。の私の中でのあらすじというか人間像なので読んでもあんまり面白くはないかもしれない…と思ったけど小説やなんかと違って書きたくて書くだけなのでどうでも良かったわ。続けます。

夢野幻太郎という男は実体が掴めない。

「嘘つき」というキャラクター設定故に、公式に発表されているキャラデータである名前も誕生日も、好きなもの嫌いなもの、果ては彼の生い立ちを語った楽曲「シナリオライアー」ですら、嘘かもしれない。わかっていることは売れっ子の小説家で、美しい顔立ちをしていて、細身ですらりとした男であること。
それでも、これまで各媒体で描かれてきた物語から人となりはうっすらと見えてきた部分があり、それを基に私から見た彼は出来上がっている。

ここからはすべてシナリオライアーを真実として考えた時の話。
実親から捨てられ見ず知らずの老夫婦に拾われて育った彼は、ささやかでも確かな愛を知っているけれど知らない。彼のキーワード(なのか座右の銘なのか、あれは一体何なんだろう)にされている「人生は願望だ」は、まずここから始まっていると私は思っている。自分が「捨てられた」のは、何某かの事情が隠されていたにせよ実親達の願望による行動で、「拾ってくれた」のも老夫婦達の願望による行動である。それぞれの理由が何にせよ、幻太郎には結果しか残らなかったのだから、意味を求めることこそ無意味だと思っているのだろう。
本来受けるはずだった親からの無償の愛は受けられなかったけれども、本来赤の他人である老夫婦から無償の愛を受けたという矛盾は「人は程度はあれどもみんな好き勝手生きているんだな」と幼心に植え付けられたと思っている。
どの媒体でも描かれる「様子のおかしい、小芝居を繰り広げる幻太郎」はこの好き勝手している部分だと思う。なんとなく、その場が楽しければそれでいい。思いついたから言ってみた。ぐらいのおふざけで、それがなまじストーリーテラーである故にああいった妙に気合の入った小芝居になってしまうんではないかと。物語を紡ぐのが本当に楽しいんだろうな。
割とぐいぐいイケイケドンドンなところもこの現れ。
彼は彼の願望通り好き勝手生きている。
そこが青年のために物語を紡ぐ、兄の代わりを演じている(かは不確定だが少なくとも兄のために何かをしているのは間違いない)とされる彼の一等好きなところだ。
そのために自分を殺したりはしない。
否、そもそも自分は存在しないかもしれない。
私は上記のように思っているけれど、「様子のおかしい、小芝居を繰り広げる幻太郎」こそが、彼の演じている人の本質な可能性もある。
しかし、少なくともフリングポッセに身を置き活動することは彼当人の意思であり、その瞬間の衝動に任せて楽しんでいる。
もしかすると、フリングポッセ随一の刹那主義ではないだろうか。
飴村乱数は死にたくない。有栖川帝統は死ぬほど興奮するギャンブルをしたいがために生きたいだろう。夢野幻太郎は生きたい、死にたくないと思っているのだろうか?
これまでの楽曲やドラマパートをうけて、まったくわからなかった「夢野幻太郎(演じている?彼)は、目的を果たして尚生きたいのか」
彼の目的は兄、もしくは青年に由来するものなのは確実だけれど、その目的を果たした時、演じる必要がなくなった時、小説家夢野幻太郎が不必要になった時、「彼」は自身の存在を抹消するのではないかと危惧している。
フリングポッセの友と過ごした日々も、目的のために奔走し苦しんだ暗雲の日々も、青年や乱数を救いたいと前を向き走る今この日々もすべて愛おしい思い出にしてしまって。遠くから彼らの幸せを願おうとするのではないだろうか。自身の存在が彼らの幸せの足枷になるとすれば。今この時を生きる自分の願望を叶えた先に、自分が邪魔になるのならば、その瞬間、彼の願望は自身の存在の抹消になってしまうのではないかと不安で仕方ない。自分を殺さない、意味を求めない彼の願望がそうなった時、乱数と帝統には絶対に手を離さないでいてほしい。俺達にはお前が必要だと言ってほしい。出自が捨て子である、必要とされなかった彼に、決して切れぬ縁の糸を。
3人の刹那の絆、PCCSからステラを経て、新楽曲ブラックジャーニーで我々は我々の知る乱数のために、と歩みを共にする覚悟、絆の深まりを見せてくれた彼ら。その中において青年のため、乱数のためと生きる幻太郎は、乱数や帝統の「俺のため」と形が少し違う。こちらから見る幻太郎は「誰かのため」に行動しているように見えるからだ。
でも、彼自身にとって彼らが救われること、それを願い行動することはエゴで。きっと青年や乱数が救いを求めなくても助けようと奮起するのが幻太郎なのではないかと思う。

飄々として見せて弁が立つくせ、胸の炎はずっと煌々と熱を絶やさずにいる。ヒプノシスマイクのディビジョン代表達は各々アツいものを持っているけれど、私は幻太郎の燃え方が一番好き。
きっとその炎はずっとじわじわとメラメラと、熱をくべる篝のように、蝋燭の火で紙を焼くように心の中で燃え広がっていて、いずれ時がくれば我々にも見える。その片鱗が先日のライブだったと思う。

彼のこと、考えても考えても何もわからない。開示されている情報が随一少ない。
けれど、誰かを救いたい目的があって、そのために利用しようとした乱数のことも大切に思い、救おうとする本当に情に厚くて優しい男だと思う。自炊もするし……苦手な童に創作昔話聞かせてあげたり、行き詰まったジロちゃんにヘルプ出してあげたりするし……

「煙に巻く背景」ライムアニマの歌詞にも出てきたように、自身の背景も本性も未だ見せてくれないのに、優しさと食えなさだけはブレずに描かれる彼が最高に素敵で大好き。

H暦に生きてたらまた違う気持ちを抱いてると思うから、それもまた別で書く。そっちは完全に幻太郎✕私になりそうだけど。